東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2166号 判決
控訴人と被控訴人渡辺武との間に、控訴人が同被控訴人に対し、東京都文京区春日町三丁目四番地の二宅地九〇九坪六合六勺のうち東北に当る一部宅地六七坪(別紙図面〔省略〕の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)の各点を結ぶ線内の土地)につき、期間昭和三十一年九月十四日まで賃料月額二十円毎月末日までにその月分の賃料を支払うことの定めで普通建物所有を目的とする賃借権を有することを確認する。
控訴人の被控訴人森岡憲三郎に対する控訴及び引受参加人斎藤操に対する請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用中控訴人と被控訴人渡辺武との間に生じた部分は第一、二審とも被控訴人渡辺武の負担とし、控訴人の被控訴人森岡憲三郎に対する控訴費用及び引受参加によつて生じた訴訟費用はいずれも控訴人の負担とする。
二、事 実
控訴代理人は原判決を取り消す、控訴人が被控訴人渡辺武に対し主文第二項の賃借権を有することを確認する(主文第二項と同旨)、被控訴人森岡憲三郎及び引受参加人は控訴人に対し主文第二項の宅地六七坪及びその隣接地にまたがつて存在する家屋番号春日町一一〇番木造瓦葺二階建工場兼住宅一棟建坪六五坪五合、二階一〇坪のうち、右宅地六七坪の上にあたる階下四〇坪六合(別紙図面(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)の各点を結ぶ線から東の部分)及び二階一〇坪並びに右宅地六七坪及び隣接地上にまたがつて存在する木造ルーヒング葺平家物置一棟建坪一合五勺の内右宅地六七坪の上にあたる一坪(別紙図面(ト)(チ)の各点を結ぶ線から北の部分)を収去し右宅地六七坪を明渡すべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人両名の負担、引受参加によつて生じた訴訟費用は引受参加人の負担とするとの判決を求め、被控訴人両名は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、前記控訴の趣旨記載の建物は昭和二十八年二月二十六日引受参加人においてその所有権を取得し、同日その所有権移転登記手続が完了したもので、その敷地である前記宅地六七坪の使用関係は被控訴人森岡憲三郎が有していた賃借権を引受参加人において承継し、被控訴人渡辺武においてこれを承認したものである、従つて控訴人は被控訴人森岡に対し控訴人の賃借権をもつて対抗し得たと同様に引受参加人に対しても対抗し得るものであるから、さらに引受参加人に対し右建物収去土地明渡を求めると述べ、被控訴人渡辺武において被控訴人渡辺は引受参加人との間であらたに賃借権の設定をしたことはないと述べた外、原判決に事実として記載されたところと同一であるから、ここにこれを引用する。
引受参加人は当審における本件口頭弁論期日に出頭せず、かつ陳述したものとみなすべき答弁書その他の準備書面を提出しない。
<立証省略>
三、理 由
控訴人の先代浜淵勇次郎が明治十八年頃被控訴人渡辺の先代渡辺保からその所有の主文第二項記載の宅地六七坪を普通建物所有の目的で賃借し、その後被控訴人渡辺の先代保は大正元年中に死亡し被控訴人渡辺において家督相続によりその権利義務一切を承継し、右賃貸借は数回更新されて控訴人先代と被控訴人渡辺との間に継続し、控訴人先代は同地上に木造トタン葺二階家二棟、木造平家瓦葺及びトタン葺各一棟の建物を建築所有していたが、右建物は昭和二十年四月十三日戦災により焼失したこと、控訴人先代は同年五月二十一日死亡し、控訴人は家督相続により先代の一切の権利義務を承継したこと、右賃貸借は昭和二十一年九月十五日すなわち罹災都市借地借家臨時処理法(以下処理法という)施行当時において少くとも十年未満の期間を残し、その最後の賃料は一カ月金二十円毎月末日払の約のものであつたこと、しかるに被控訴人渡辺は被控訴人森岡に対し本件土地を含む宅地一三〇坪を昭和二十年九月中普通建物所有の目的で賃貸し、その後被控訴人森岡が同地上に控訴の趣旨記載のような建物二棟を建築所有し右土地を占有使用するにいたつたことは当事者間に争がない。
控訴人は被控訴人渡辺に対し控訴人は現に前記のような賃借権を有するとしてその確認を求めるところ、被控訴人渡辺は控訴人は昭和二十一年五月頃その母渡辺トメを代理人として被控訴人渡辺に対し右賃借権を放棄する旨の意思表示をしたからこれによつて右賃借権は消滅したと主張する。よつて右放棄の有無について検討するに、この点に関する原審及び当審における証人浜淵トメの証言並びに被控訴人渡辺本人尋問の結果によれば、控訴人らの罹災と同時に被控訴人渡辺も同所附近において罹災し同所から立去つたが附近の非戦災家屋に仮寓しその土地を遠くはなれるにいたらず、かつ現場には立退先を表示した立札も立ててあつたところ、被控訴人渡辺は罹災後から同所附近の借地人らに対し一々引続き借地の希望があるかどうかをたしかめて歩いたが、控訴人とだけは連絡がつかず、控訴人の側からもなんの申出もないままに前記のように被控訴人森岡に本件土地を含む一三〇坪を賃貸するにいたつたこと、罹災後二年を経た昭和二十二年五月頃はじめて被控訴人渡辺は控訴人の母浜淵トメと出合い、トメから本件土地を引続いて貸してもらいたいとの申出を受けたので、被控訴人渡辺は罹災後二年もたつてから貸してくれといわれても、すでにほかに貸してしまつてあるから応じられないと答え、トメからそれではほかの換地でも貸してもらいたいといわれたのにもほかの土地は予定があつて貸すわけにいかないと答えたところ、トメは「仕方がない」といつて別れたこと、また控訴人は被控訴人森岡が本件土地を使用しているのを見ながら同人に対してはかくべつ抗議するところはなく、たんに従前借地に敷設した上水道用鉛管の引渡を求めたいといつて数回交渉したに過ぎないことを認めることができる。しかしながら右証人浜淵トメの証言及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人らは本件土地において罹災後肩書住所地に移転し引続き同所に居住していたが、立退に際してはやはり移転先をしるした立札を現場に立てておいたが、その後本件土地を一時軍が使用していた関係もあつてか移転先を被控訴人渡辺に知られるにいたらず、同人からはなんの照会もなく、また控訴人の側でも被控訴人渡辺の移転先を知らなかつたのでそのままとなり、その間数回その行先をきいて廻つたが結局前記日時に出合うまでは交渉をすることができなかつたもので事情止むを得ないものがあることがうかがわれ、現に出合つた時には明確に借地の申入をしているところであるから罹災後二年間も控訴人が借地についてなんの申出もしなかつたとの事実だけで控訴人が暗黙に借地権を放棄したものと認めるべきでないことはもちろんである。また右控訴人の母トメが被控訴人渡辺と出合つて交渉した際に「仕方がない」といつて別れたという事実も、これをもつて暗黙にもせよ控訴人を代理して借地権放棄の意思表示をしたとみることは早のみこみに過ぎるものといわなければならない。同人は女の身でかつは老年ではあり、事情止むを得なかつたにせよ二年間も交渉することができなかつたといういわば弱身もあつて、被控訴人渡辺から土地はすでにほかえ貸してしまつた、換地もないといわれ、現にあたらしい借地人の家も建つているというありさまでは、とりつく島もないというぐあいでとほうにくれたことは推察に難くない。しかもおよそ権利者が自己の権利を放棄するには権利が自己に存することを知りながら、しかもこれを処分する意図をもつてするのでなければ権利の放棄とは解し難いことは理の当然であるところ、戦災及び終戦後の借地に関する権利関係は複雑混乱をきわめ、従前の権利者もはたして自己に権利があるかどうかということについては十分な自信をもち得なかつたことはむしろ一般の実情であつて、控訴人殊にその母であるトメが当時借地権はあくまでわが方にあるということを確信していたと認めるべき資料はないのである。むしろ同人が被控訴人渡辺に対してした交渉の実情は、本件土地を引続き賃借したい旨を申出て、あたかも被控訴人渡辺の承諾を求めるの観あること、前認定の事実からおのずから明らかであることからすれば、同人としては被控訴人渡辺の承諾を得るのでなければ当然には本件土地を使用し得ないものと解していたものであることをうかがうに足りる。このような事情の下で前記のような交渉の事実をもつて借地権の放棄ありと認めることはできないのである。控訴人が土地の使用者である被控訴人森岡に対しかくべつの抗議をせず、鉛管の引渡の交渉をしたのみであるとの事実も右の説明からすればあえて権利放棄の事実を認めしめるものということはできない。被控訴人渡辺としては、罹災後永くもとの借地人が引き続き土地を賃借する意思があるかどうか不明で、しかもその所在もわかならいということでは困ることは明らかであるけれども、処理法第十二条はかような場合に処する方法を定めているのであつて、被控訴人渡辺が同条所定の手続をしたことはこれを認めるべきなんらの証拠もない。その他の右借地権放棄の事実を認めるべき的確な証拠はない。
しからば控訴人は被控訴人渡辺に対しなお賃借権を有し、その賃貸借期間は処理法第十一条により昭和三十一年九月十四日までとなるものであることは明らかであり、被控訴人渡辺がこれを第三者に賃貸し、もしくは控訴人が右賃借権を第三者に対抗し得ないことは当然には被控訴人渡辺に対する賃借権の存続に影響あるものではない。もつとも控訴人としては現に本件土地を占有し控訴人の権利の実現につき障碍をなす引受参加人に対して土地の明渡を求め右賃借権そのものの実現をはかることはもはやでき得ないこと後記のとおりであるけれども、このように第三者に対して対抗し得ず権利内容の実現を望み得ない賃借権でも、賃貸人に対し債務不履行もしくは不法行為による損害賠償の請求をするについて前提となることは明らかであるから、かかる賃借権の存否は、現に被控訴人渡辺においてこれを争うこと明らかな本件において、賃借人たる控訴人においてなんらの実益なきものではなく、法律上なお確認の利益あるものというべきである。被控訴人渡辺との間に右賃借権が控訴人にあることの確認を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものである。
次に被控訴人森岡に対する請求について按ずるに、被控訴人森岡が昭和二十年九月中本件土地を含む一三〇坪を被控訴人渡辺から賃借し、地上に控訴の趣旨記載のような建物二棟を建築所有するにいたつたことは前示のとおりであるから、控訴人は前段認定の賃借権をもつて、その登記又は地上建物の登記がなくても、右被控訴人森岡に対抗し得たものであることは、戦時罹災土地物件令第六条により明らかであるけれども、被控訴人森岡は現在においてはすでに右建物の所有権を失いかつ土地を占有するものではなくなつたことは、控訴人の主張自体から明らかであるから、これに対し右建物収去土地明渡を求める控訴人の本訴請求は結局失当として棄却しなければならない。
最後に控訴人の引受参加人に対する請求について、検討する。引受参加人が昭和二十八年二月二十六日前記建物二棟の所有権を取得し、その移転登記手続を完了し、現に本件土地を占有することは引受参加人の明らかに争わないところであり、引受参加人はあらたに右日時に被控訴人渡辺から土地賃借権の設定を受けたものではなく、被控訴人森岡の有した賃借権を右建物とともに、その間物納によりその権利を取得した国を経て、譲受けたものであることも、本件口頭弁論の全趣旨から明らかである。従つて引受参加人が本件土地を占有する権利は、被控訴人森岡の有したそれと同一性を失わないものと解して差支えない。しかしなが処理法第十条は昭和二十一年七月一日から五カ年以内にその土地について権利を取得した第三者に、従前の借地権者が対抗し得ることを定めているのであつて、右期間後に権利を取得したものについては対抗し得ないことは明らかである(戦時罹災土地物件令第六条は建物滅失後に土地について権利を取得した者に対抗し得ることを定め、その権利取得の時期について限定するところがないけれどもこれは右処理法第十条により変更せられたものと解すべきである。)。そして右期間後の権利の取得は、戦災による建物滅失前の土地についての権利者からの直接の取得はもちろん、右期間中(物件令による対抗期間を含む以下同じ)に一たん権利を取得し、従つて従前の借地権者からの対抗を受けた権利者から期間後に権利を取得した場合をも含むものと解するのを相当とする。もしそうでないと、右期間中に土地について取得した権利は、期間経過後はいくたび転々移転しても永久に旧借地権の対抗を受けるという結果になつて、非常の時に際し、罹災後の土地の権利関係の急速な処理解決のために、通常の時においては第三者に対抗し得ない借地権を第三者に対抗し得るものとすると同時にこれに時間的制限を課して関係者間の利害の公平をはかつた右処理法の目的にそわず、そもそも同条の定めた五年の期間が無意味に帰するからである。かく解することは旧借地権者、殊に現に訴訟によつてその権利の実現をはかつている者にとつて酷に失するきらいがないではないが、その不利益を免れるにはまたおのずから方法があるというべきであるから、これによつて右解釈を左右すべきものではない。してみると引受参加人に対する控訴人の本訴請求はその主張自体失当といわなければならない。
しからば原判決中控訴人と被控訴人渡辺との関係部分は失当であるからこれを取り消すべく、控訴人と被控訴人森岡との関係部分は理由は異なるがこの請求を棄却した原判決は結局相当であることに帰するから、控訴人の被控訴人森岡に対する本件控訴は理由のないものとして棄却すべく、控訴人の引受参加人に対する請求は理由のないものとして棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第九十五条第八十九条第九十四条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)